WINGERとレンタルCDと日本語HR/HM (後編)
えー、なんでこういう空気の読めないことを書くのかというとですね…

非常に面白いことに、両バンドともに英詞曲にご丁寧にも対訳をつけてくれているのですよ。まあこれは彼らの主な客層である中高生からすれば非常にありがたい配慮なのだろうけど…どうも僕にはこの心遣いがピントのずれたもののような気がしてならない。だったら初めから日本語で歌えばいいじゃないのさ。

日本のバンドが(ほぼ)全編を英詞で歌いつつ、わざわざその対訳を掲載する”――僕からすれば非常に奇妙に映るこの現象からは少なくとも以下のような作り手の考えが読み取れる。それは、「彼らは、英語を用いて歌うことが、自分たちの言いたいことを表現する上で必ずしも一番適切な手法だとは考えていない(→英詞で彼らの意図がある程度以上、想定される聴き手に伝わるのだとすれば、わざわざ対訳などつける必要がないのだから)」ということだ。

英詞を読んでみてもそれほど難解な内容がつづられているでもなし(きっと意図的に平易な表現を用いているのだろうが)、英語特有の表現でなければ伝達が困難なメッセージを発信しているという説の信憑性もどうやら怪しい。よって、彼らが英語で歌うのは聴感上の心地よさを最優先しているからだという(当たり前の)予測が出来る。ただ、僕のように日本産の音楽を聴くときにはその中に日本的要素がいくらかでも発見できるほうが嬉しいという人間からすると、こういう同化主義的なバンドを諸手を挙げて歓迎する気にもなれないのが正直なところだ。

僕にはエルレの直情的な日本語詞の2曲がその他大勢を占める英語曲に決して劣るものではないと思えたし、柔らかなVoが魅力的なオシャレ…じゃなくてOCEANLANEなんかはむしろその響きに即した日本語を要所で用いたほうがずっと音楽性にあっているような気がして、僕は勝手に脳内変換をしながら聴いていた。ま、OCEANLANEなんかはUK生まれ&LA育ちってなメンバー2人の出自もアピール・ポイントみたいだからまったくもって余計なお世話ですかね。

さて、ここからが本題なのだが(お待たせしました)、日本のHR/HMの世界でも英語偏重の風潮はそれこそ30年位前からいまも根強く残っているようで。陰陽座や人間椅子などのバンドの精力的な取り組みには拍手を送りたいが、それでも英語大好きっ子リスナーたちの抵抗はそれこそJ-POP/ロックの世界の比ではない。そんな聴き手を意識してか、かのLOUDNESSが世界進出に当たってわざわざ英詞ヴァージョンを作ってみたり(最近では「RACING」がそうでしたね)、GALNERYUSが新作で日本語詞曲を作ったら賛否が分かれまくってみたり(日本語を用いるのに最も抵抗を示したメンバーがVoのYAMA-Bだってのも興味深い)、最近のB!誌では編集長さんが「梶山×下山の最強プロジェクトは全編英詞でジャパメタ臭皆無!」とかって叫んでいたりだとか(まあ前の編集長さんは「私は日本のバンドの98%には興味がない」とかのたまってたらしいのでそれに比べれば可愛いものか)。HR/HMの発祥地を考えれば、日本人でもやっぱり基本的には英語で歌うべき……なのだろうか?

でも、いつも思うんだよね。例えばB!誌のDOUBLE DEALER(R.I.P.)のインタビューで下山さんが「今回は英詞がスムーズに乗るように専門の方に見てもらったんすよ」だとかって仰ってたんだけど、うーん、それは労力の使い方を少し間違えているんじゃないだろうかって。CONCERTO MOONの井上さんとかもそう。声自体が男らしくて本当に魅力的なだけに、英語のリズムを殆ど無視したいかにもな歌い方を聴いていると「もったいないなー。これならどうして日本語の歌に挑戦してみないんだろう?」と思ってしまうのだ。日本語:英語=8:2くらいでさ(ちなみに、たまに批判される日本語と英語のチャンポン歌詞については僕は概ね好意的。これは日本語の非常に柔軟かつ実に節操のない他言語取り込み能力があってこその芸当。良くも悪くも英語にゃこれは出来ないぜ)。

僕は外国語の運用能力を高めるということ、それすなわち、母語の運用能力との大いなる差を少しずつ縮めていく作業であると考えている。言い換えると、母語以上に外国語を上手く読み、書き、話し、聴くことなどできないという説を支持する者だ。どんなに頑張って達人を目指してもせいぜい (母語≧外国語) のレベルにしか高められないし、またそれで一向に構わないと思う(母語<外国語になっている時点で、もはや母語は母語でなくなっている)。

この説がもしも正しいとすれば、かっこよくて「伝わる」歌詞を英語で書くことは、日本語で書くことよりもずっとずっと難しいはずなのだ。だから僕としては、英詞に強くこだわっている人にこそ「じゃあまずは日本語で聴き手の胸に迫るような詞を書いてごらんよ」と言いたい。本当に書けるのかね?ちなみに英単語や短いフレーズが何故か妙にかっこよく聴こえることと、それを使った詞全体が意味のあるものとしてカッコよく響くかどうかはまったくの別問題よ。”livin' on the edge”だの”far away from heaven”だのだの、ぱっと聴きでよいと思えるフレーズを適当に並べて歌って(それを聴いて)自己満足しているだけの人たちも多いんじゃないかってのは邪推?

無論、最終的には音楽の質そのものが重要なのであって、言語の問題なんぞはささいなことに過ぎないのかもしれない。ただ、勢いあまって「英語で歌っていれば世界レベル」だとか「日本語のHR/HMはかっこ悪い」っていうような浅薄な意見をのたまう人に与することも出来ない。英語詞を感覚的にかっこいいと思うのはまったくもって個人の自由だけど(実際僕だってそう思ってる)、そこで日本語詞を貶める必要はさらさらないのだ。

どうして突然こんなことを言い出したかといえば理由はもう一つ、それは久々に聴いたZIGGYのアルバムで森重樹一の作る歌詞&メロディの絶妙なコンビネーション(いわゆる“森重節”)が生み出す気持ちよさを改めて感じてしまったから。以下例文。

何もためらわない 怖れもない 君が居れば
たとえ今日が崩れてく 未来(あした)に続いてるとしても

何も欲しくはない 意味などない 君なしでは
たとえ今日が輝ける未来(あした)に続いてるとしても


                    (“Without…” 「GOLIATH BIRDEATER」(1998)収録)
 
どうでしょう、この表現の妙は。この曲はこのサビメロ自体が本当に素晴らしいからなおのこと好意的に思えるんだけどね(ちなみにこれは僕がいつか大切な女の子に一度は耳元でほざいてみたい一節/笑)。まあ単なる一介の優れた歌い手ってだけじゃなくて、そのことばの求心力がもはや詩人の領域に達している森重さんの歌詞とその他大勢のそれを比較するのは申し訳ない気もするのだが、日本語じゃガツンとロックできねえよと知ったような口を利いている人には「謝れ!森重樹一に謝れ!!」とファンの気持ちを代弁したくもなってしまう。

森重さんみたいにサラッとこういうことばを叫べる日本人HR/HMシンガーにもっと出会いたいというのが僕の気持ち…って書いててふと思ったんだけど、日本語じゃなくて英語をわざわざ使う人ってのはもしかして照れ隠しの意味もあってそうしているのかもね。確かに、森重さんほど照れずに素直にカッコよく歌えるのは才能のなせる業でもあるのだろうけど、だからといって自分のことばを使うのが恥ずかしいっていうメンタリティにはやっぱり共感できないな。

そういやベスト盤で聴いたEARTHSHAKERの素晴らしさも日本語の卓越したセンスあってこそ。特に名曲”More”のメタルといってもいい荒々しい音と切迫感あふれる歌詞、そして切ないメロディのかみ合わせはもう完璧…。”記憶の中”や”Fugitive”も最高ですね。

で、WINGERのMDから始まったこの与太話の結論。日本のHR/HMシンガーたちには「英語は難しいからもっと頑張ってスキルアップしないと」と考える前に、もう一度落ち着いて自分たちのことば、日本語のカッコよさの掘り起こし作業を進めてもらいたい。それを生かすも殺すも自分のセンス次第ってことであって、もともと日本語がHR/HMに合わないと諦めるのはまったくの早計じゃね?ってこと。拙い英語よりもこなれた日本語で勝負してみようよ


(蛇足) それでも「HR/HMは英語じゃなきゃ認めねえ!」と叫んでいる人たちや、「ライブ前にHELLOWEENのメンバーを見かけたのに話しかけられなかったよー。もっと英語勉強しとけばよかった(≧σ≦)」って無邪気に言っておられる方々は、80年代末~90年代初頭に日本でも問題提起され始めた「英語帝国主義」論、あるいは近年の呼び名である「英語支配論」でウェブ検索してみるといいですよ。まあこの言説はある意味で「正しすぎる」のが難点でもあるのですが、英語大好き脳の人間の思考の枠組みを広げる上では非常に有益な議論だと思うのでご一読をお薦めしておきます。刺激的な内容の割に、僕の実感としては意外と一般的には知られていないんですよね。

テーマ:HR/HM - ジャンル:音楽

【2008/01/10 20:42】 | 音楽語り | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
あ~思った。
このジャンル、みんな英語なんでびっくりしたんですよ。聴き始めたとき。
無知も甚だしいのですが、ロックはアメリカ、ロック=アメリカなんだと思ってたんですね。当時。
エアロスミスとかボンジョヴィとかしか知らなかったんで、まさかブラジルとかジャーマン、北欧なんかが熱いなんて!! 度肝抜かれた記憶ですよ。
(もちろん、そっち方面好きなんですが、今はw)
そして単純に、その人達が母国語じゃないことにびっくり。
まぁ、でも、私個人的には、全然歌詞は見ないんで、フィーリングさえ合えば何語でもいいと思っている。


「世界」を視野に入れると、やはり英語は必須なのかもしれないね。
ただ、心が伝わる英語で書けているのか、発音は不自然じゃないのか?心配にはなる。
ネイティブが聴いて、萎え萎えなんて悲しすぎますもんね。

しかし、日本語は、私が理解できちゃうんでまた別の話だ。
(英語の対訳ワロタwww)
歌詞の内容にもよるけど、断然熱さは日本語の方が伝わってくるし、残る。
そういう、己の魂を、心の底を伝えたい!!って曲は、是非是非日本語で書いて欲しいなぁ。
でも、そうしている人たちも少なくはないわけで。
日本語の歌詞で、世界に羽ばたけるバンドがいたら、すごいですね。

ZIGGYをyoutubeでみました。
かこえ~~~~!!!
ほんと知らないって損だな。

今回の視点の記事、面白かったです。
【2008/01/17 00:14】 URL | JMJ #9wbkgK9.[ 編集] | page top↑
JMJさんこんにちはー、コメントありがとうございます。

そうですね、僕もJMJさんと同じでフィーリングさえあえば何語でもかまわないというタイプなので、ことさら英語を目の敵にしているわけではありません(笑)。

ただ、「英語で歌わなければ世界的に売れない」という風潮には疑問を感じていたので、今回脱線しまくりながらも記事にしてみました。多分、ここでいう「世界」って「アメリカ」とほぼ同義なんですよね。まあ疑問を感じたからと言ってどうにかなるわけでもありませんが。

例えば、かの歌姫セリーヌ・ディオンはカナダのフランス語が優勢な州の出身で、デビュー時はフランス語のみで歌っていたのですが、「もっと売れるために」英語の猛勉強をして現在の地位を築いたのだそうです。高校の英語の教科書に掲載されてました(笑)。

ただ僕はけっこうあまのじゃくなので、皆が「英語、英語!」と言っているのにあえて母国語でのHR/HMにこだわる人々も好きなのです。日本語もまたしかり。

>日本語の歌詞で、世界に羽ばたけるバンドがいたら、すごいですね。

まったく同意です。てか「英語でなければ…」という強迫観念によって創造性を縛られているバンドも結構いるんじゃないでしょうかね。

【2008/01/17 12:13】 URL | むーじゅ #-[ 編集] | page top↑
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